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◆国家繁栄のため千分の1の確立で若者が殺される社会。人気コミックを実写映画化。

 間瀬元朗の同名コミックを、松田翔太主演で実写映画化。国民に死の恐怖を通して生命の価値と尊厳を認識させるため、国家繁栄維持法(国繁)によって千分の1の確立で若者の命を強制的に奪う社会。その瞬間を24時間後に控えた該当者には、人生最後の1日をより充実したものにするための心配りとして、役所から死亡予告証が届けられる。人びとはこれをイキガミ(逝紙)と呼んでいる。主人公の藤本賢吾は役所の職員として、該当者にイキガミを配る仕事をしている。主人公はいわば狂言回しで、本当の主人公はイキガミを届けられた若者たち。映画も3つのエピソードからなる、オムニバス風の構成になっている。

 イキガミの設定そのものにかなり乱暴で無理なところもあるが、これは要するに黒澤明が『生きる』でやろうとしたことを、より極端な形でドラマ化したようなものだ。『生きる』の主人公は自分の余命が残り数ヶ月だと知って、猛然と公園作りに邁進する。『イキガミ』においては自分が余命1日と知った若者たちが、その1日の中で自分の命を燃焼しつくそうとする。自暴自棄になって犯罪に走る者。最後の瞬間に自己実現を遂げようとする者。家族や友人と和解しようとする者。生と死がせめぎ合うギリギリの状態の中で、ギリギリの人間ドラマが展開するわけだ。

 原作の中にも主人公が国繁体制に疑問を感じてそれを口に出すシーンがあるのだが、映画では各エピソードをつなぐブリッジとして、そうした主人公の疑問や悩みを拡大させている。しかしこれが物語世界のバランスを壊して、かえって不自然にしてしまったようにも思う。原作の面白さは、国繁という国家による暴力装置が完全に日常化し、ほとんど誰もその存在に疑問を持つことさえなくなっているという描写にあったのだ。国繁によって理想的な社会を作り上げているはずの物語世界は、じつのところ国繁など影も形もない我々の暮らす世界と何も変わっていないのだ。でも物語世界の人びとは、その制度に何らかの意味があると信じている。それによって社会の秩序が維持され、現実に国家の繁栄に寄与していると信じている。国繁など何ら実効性のないフィクションなのに! こうした『イキガミ』の世界観は、我々が信じている体制や社会制度もまたフィクションである可能性があると批判しているわけだ。

 しかし今回の映画版には、そうした批評性がない。単なる「管理社会のディストピア」になっていて、その世界観が観客席で映画を観ている人びとを打つことがない。この映画にとって最大の弱さは、たぶんそこだろう。個々のエピソードは面白くても、それが観客席の側にある現実と響き合うことがないのだ。観客がこの映画に求めているのは、この映画の世界観や設定が持つ「毒」ではないだろうか。原作には毒がある。しかし映画はその「毒」が、ずいぶんと薄められてしまっているように思えるのだ。

服部弘一郎 2008年10月08日
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「イキガミ」評論

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