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「MW-ムウ-」評論

シネマレビュー「MW-ムウ-」

原作者・手塚治虫の生誕80周年記念作品。
 16年前、とある島で、島民全員が大虐殺されるという事件が発生。この惨事は政府によって闇に葬られるが、そこには奇跡的に助かった2人の少年の存在があった。やがて2人はそれぞれの宿命を背負い、賀来裕太郎は神父へ、そして結城美智雄は美しきモンスターへと成長する…。

 途中までは、結城美智雄が16年前の事件の関係者に復讐を遂行しようとし、沢木刑事が彼を追うという展開。緊張感が充満していて、画面に引き込まれた。ところが終盤、結城の真の目的は別にあったという意外な方向に物語は展開し、スッキリしない状態で終わってしまった。宣伝担当会社によると、続編を製作する予定はないとか。初の悪役に挑んだ玉木宏が最大の見所。ほかに、山田孝之、石田ゆり子らが出演。監督は岩本仁志。復讐の仕方はかなり残虐。PG-12指定。

内外タイムス 2009年7月10日

「MW-ムウ-」評論

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「MW-ムウ-」評論


原作好きが斬る! 映画版『MW-ムウ-』に絶望的に足りないもの、それは"エロ"だ!

MWと書いて「ムウ」と読む。ムウといっても、郷ひろみと樹木希林が「お化けのロック」を歌ってたドラマとは激しく違う。『MW』は、手塚治虫が「ビッグコミック」に連載していた大人向けマンガだ。知ってる人は知っているけど、手塚治虫って結構破壊的で救いのない話をいっぱい描いてる。その中でも「MW」は極めつけにヤバい話の1つだろう。

もう公開されたので言ってしまうが、「MW」とは米軍が密かに開発した毒ガス兵器のこと。日本のとある離島に貯蔵してあったMWが漏れ出し、島の住民が一晩のうちに死亡する事故が起こるが、米軍と日本政府により事件は闇に葬られる。だが、当局の目を逃れてこの島から密かに生還した2人の少年がいた。この2 人の16年後を中心に物語が進む。……と、のっけから毒ガス兵器に政府の陰謀ですよ。21世紀の今起こってもおかしくないようなプロットを、30年前に考えついた手塚治虫はやっぱりすごいね。福井敏晴の『亡国のイージス』なんかもこのあたりが元ネタじゃないのかと想像。

主人公である島からの生還者の一人、結城美智雄は事件の16年後、エリート銀行員となっていた。頭が切れる超イケメンだが、その裏の顔は、復讐のため殺人を繰り返すいわゆるシリアルキラーだ。結城を演じるのは玉木宏。これは納得の配役でしょう。あまりアクション系のイメージはないけど、今回は格闘シーンも頑張ってる。そしてもう一人は賀来(がらい)裕太郎という神父。美智雄の犯罪を知っており、止めようと思いつつも、時に匿ったり荷担することになる悩み多き男。この賀来を演じているのは山田孝之なんだけど、こっちは微妙だなあ。過去のトラウマに苦しむところは『白夜行』にかぶるし、しかも見た目は『クローズZERO』とあんまり変わらない。こんな神父いねーよ!

なみにこの2人の設定は原作とは違っている。原作では2人とも島民ではなく、たまたま事件のとき島に居合わせただけ。また、原作の賀来は美智雄(原作では「美知夫」)より10歳くらい年上で、角刈りのアニキ系。名前も「賀来巌」という、どこかの社長みたいなネーミング。ほかにもいろいろ違う点があるのだが、その話は後ほど。

さて、この映画の見どころはなんと言っても、美智雄が警察を翻弄しながら殺人を重ねていくところ。これがやがてとんでもない暴走になっていく。美智雄を追うのは、石橋凌演じる沢木という叩き上げの刑事だ。というわけで、冒頭からカーチェイスつきの激しい追跡劇が展開されるが、なぜか舞台はタイ。オイラも行ったことあるけど、昼間は外を歩く気にならないほど暑いよ。もういい年なのに、あんな所で日中に全力疾走したら死ぬぜ!石橋凌。最初から盛り上げたいのはわかるが、無理矢理『24』みたいな追跡シーン入れるのもいい加減見あきたなあ。

美智雄の犯罪がエグいのは、「最後のボタンを相手に押させる」というやり方。ネタバレなので詳しくは書かないが、わざわざ相手が一番イヤーな気持ちになる殺し方を選ぶ。それは良いんだけど、美智雄が犯罪におよぶ主たる理由が単なる恨みみたいな描き方なのが気になった。それにも関係あるけど、原作にあって映画に決定的にないものがある。それは「エロ」だ! 原作の美知夫と賀来はホモセクシュアルの関係で、しかも美知夫にホモを仕込んだのは賀来。これは物語の根底に関わる超重要ポイントでしょう? そして原作の美知夫は女を抱いた後殺したり、目的のために外人のオヤジやデブなおばちゃんとも平気でヤっちゃったりするわけだが、この映画ではその手のエロな要素はバッサリ切られている。美知夫がその美貌を利用して、老若男女かまわずたらし込み罠にかけてしまうところは『MW』のキモの部分だと思うんだけどな。

だいたいオイラに言わせりゃ「復讐のために」なんて理由自体が余分。復讐なんて普通に物事を考えられる人が思いつくもので、人間の心の闇はもっと不気味で底が見えないってところが見たいんだよ! 連続殺人鬼の魅力(っていうのも変だけど)は、理解しがたい理由でとんでもないことをしでかすところ。『MW』はそれを描くのには絶好の材料だったのに、いろいろ大人の事情があるのかもしれないけど、結果的に今イチ感漂う映画になってしまったのが激しく惜しい。

らいおんたまりん(マイコミジャーナル) 2009年7月6日

「MW-ムウ-」評論

「ドラゴンヘッド」評論

◆アイドル映画としてはまあまあ (55点)

   松田聖子の娘のSAYAKAちゃんが初主演したSF映画。同名のベストセラーマンガの映画化である。なかなか高い点数の理由は、特撮含む映像の出来が良いというのが理由だ。逆にいうと、それ以外は……、という事でもある。

 オールウズベキスタンロケということで、日本での撮影では難しい、スケールの大きな映像が出来あがった。爆発シーン1つとっても、日本の法律に縛られないので、火薬の量なども大盤振る舞いできたそうである。また、まるごと新幹線や、渋谷駅前の街並を、セットで作ったというのもすごい。迫力満点である。

 ストーリーも、「修学旅行中に新幹線がトンネルで事故った。生き残ったカップル(SAYAKA&妻夫木聡)がトンネルの外に出てみたら、世界が崩壊してた」というアイデアが抜群で、一気に観客の興味を引きこむ。

 だが残念な事に、この映画は役者の演技力のなさと、見ていてしらける子供っぽいセリフ、そして主人公たちがしばしば見せる不自然な行動によって、せっかくの映像とストーリーが死亡寸前である。また後半の、謎の食糧発見あたりから先は、漫画を映画化した場合に良くある、『映像化した途端にリアリティを失い、しらける』の典型的パターンで、オトナの鑑賞には耐え難いものがある。

 まとめとして『ドラゴンヘッド』は、邦画としては良くできた特撮映像、これを見るだけで満足できるという、高校生くらいまでの若い方にはすすめたいが、ストーリーや役者の演技、完成度といった映画としての総合的な満足を期待する方には向かないだろう。アイドル映画プラスαだと納得した上で出掛ける事をアドバイスしておく。

前田有一 2003年8月24日

「ドラゴンヘッド」評論

「鴨川ホルモー」評論

◆葵祭、祇園祭、古い町並みと神社仏閣、そして大学に通う学生たちの昔ながらの下宿生活。革新よりは伝統を、再開発よりは歴史を選んだ京都の街、いまだに残る神々やオニといった妖しげな世界がそこに住む人々と共存している。 (50点)

 葵祭、祇園祭、古い町並みと神社仏閣、そして大学に通う学生たちの昔ながらの下宿生活。革新よりは伝統を、再開発よりは歴史を選んだ京都の街、いまだに残る神々やオニといった妖しげな世界がそこに住む人々と共存している。映画は秘密結社のような学生サークルに入った新入生が、その秘儀に惹かれていく過程で恋や友情を育てて人間的にも成長していく青春ドラマの体裁をとりながら、観光地だけではない京都の顔を紹介する。ただ、登場人物が京都弁を話さないのはどういうことか。京都の魅力は京言葉と一体となってこそ一段と輝きが増すはずなのに。

 京大に入学した阿部は友人の高村と共に青竜会というサークルに入部する。そこはホルモーと呼ばれる、小さなオニが集団で戦う謎の対抗戦を仕切る会。阿部たちは入会のためのイニシエーションを受け、ホルモーで使うオニたちの言葉を習得する。

 体長15センチほどのオニの群れの統率を取るために学生たちが身につけるオニ語が、ユニークな作品世界を構築している。独特の発音にあわせての決めポーズを 10人の学生がぴたっと決めるシーンは壮観。特に栗山千明のスリムな長身と指先まで神経が行き届いた長い手が、モダンダンスと日本舞踊を合体させたような奇妙かつコミカルなボディランゲージでオニたちを自在に操るさまはこの作品随一の見所だ。

 やがてホルモーリーグ戦が始まるが初戦は高村のミスで惨敗。そこから青竜会は2派に分裂、神々の怒りを買う。怒りを鎮めるにはすばらしいホルモーを戦うしかなく、青竜会は紅白戦を行う。このあたりになるとメンバーの戦術は格段に進歩し、自分のオニたちを指揮しながらも味方との連携も欠かせない高度な戦略も必要になってくる。戦場は広場から市街地、路地から川岸にまで広がり、古都のさまざまな風情を見せてくれる。しかし、仲間内の主導権争い、それも色恋沙汰が原因では、せっかくの物語の壮大なスケールが生かされていない。肝心の4大学対抗戦という伝統行事をクライマックスにもってきて欲しかった。

福本次郎 2009年4月18日

「鴨川ホルモー」評論

「イキガミ」評論

◆アナタは24時間後に死にますという「イキガミ」が届いたら? (90点)

 漫画の映画化が最近目立つが、よもやこれほど高く評価できる作品に出会えるとは思わなかった。

 現代日本に良く似た場所。この国では、「国家繁栄維持法」により安定した社会が実現している。それは全国の18から24歳の中から、1000分の 1の確率で無作為に選び死んでもらう制度。通称・逝紙(イキガミ)を当人に配り、24時間後の死亡宣告を行う公務員(松田翔太)は、今日も様々な人間ドラマに立ち会うことになる。

 わずかな犠牲で誰もが命の大切さを実感するこの制度により、犯罪も減り、活気あふれる社会が生まれるという設定。小学校入学時に国民へ一斉接種されるナノカプセルにより、誰かに理不尽な死が訪れる。イキガミを受け取った若者は、はたして残された24時間をどう過ごすのか。

 瀧本智行監督は、SFの作り方を良く理解しているようだ。この手の思考実験ものは、とっぴな設定の影響を人々に予想させ、その後提示することで楽しませるのが基本。そのため、最初の設定以外のリアリティはより厳密に作られなくてはならない。そうでなければ、子供だましのバカ映画になる。

 その点、映画『イキガミ』は様々な工夫が凝らされており、大人も安心して見られる。

 たとえば一つだけ挙げると、イキガミをもらったある若者が、レストランに行く場面がある。どうせ死ぬなら最後に、食べたことのない高級料理をというわけだが、ここで注目すべきはウェイターの態度の変化だ。この短い場面の中には、「国家繁栄維持法」をこの作品世界の人々がどう受け取っているかが、コンパクトに描かれている。そして監督は、青年とウェイターの態度のたった二つで、この世界に対する「親しみ」を観客に生じさせ、同時に現実味を持たせてしまった。

 監督はこうしたディテールを積み重ねることで、粗悪な実写SF映画にありがちな非現実感、バカらしさのようなものを払拭。観客が人間ドラマに集中できる土台を作り上げた。このジャンルにおいては、相当な腕の良さだ。「デスノート」の映画版は、彼のような才能にこそ任せてみたかった。

 この原稿を執筆する時点で原作マンガを未読なので、比較については別の機会に譲るが、私はこの映画版から「負け組よ、あきらめるな」との、瀧本監督による力強い激励のようなものを感じ取った。

 残り24時間の命なら、人間はこれだけ輝ける。君らにはもっと時間があるじゃないか、というわけだ。たしかに残り1日に比べたら、無限の可能性があるように思える。

 なにしろこの奇妙な世界設定が、現代日本への皮肉になっていることは疑いない。

 金持ち優遇、労働者を痛めつける「改革」を押し進め、社会の格差を広げた一方、落ちこぼれた人々への処遇は年々ひどくなるばかり。24時間後との明確な区切りはないが、国に見捨てられ、のたれ死ぬ人々はどれほど多いだろう。それは、1000人に1人どころではないかも知れない。カプセルで死ぬか、じわじわと搾取されて死ぬかの違いがあるだけだ。

 ならば私たちも、この映画に出てくる「死亡予定者」のように、立派に生きることができるはず。映画の中の人物たちの行動に、現実味と説得力があるだけに、監督が投げかけるこのメッセージも素直に受け取ることができる。社会批判も忘れてはいないが、本作はそれだけにこだわらない。現実は現実と受け入れた上で、どう生きればいいかを伝えている。こうしたひねったやり方で前向きな主張を行うというのはとても良い。

 なお本作は、星新一のショートショート「生活維持省」と世界設定が同じため、盗作ではないかとの指摘があり、著作権者との間でトラブルになっている。その結論はまだ出ていないが、先ほど書いた時代性豊かなテーマの面からも存在価値が高いだけに、とんだミソがついたという印象だ。

 ダラダラと一人のケースを描くのでなく、イキガミ配達人を語り部として何人分ものドラマを入れ込んだ構成が良い。2時間の映画3つを三倍濃縮したかのような、無駄のないハイテンポな展開が気持ちいい。と同時に、様々なアラが隠れるという副効能も生んでいる。

 『イキガミ』はじつに優れた映画作品だ。上記のような解釈を無理に行わなくともいい。表面上の感動ドラマに涙を流すだけでも、(無意識のまま)監督のメッセージは心に届くはずだ。いい映画は、ちゃんとそうしたつくりになっている。

前田有一 2008年9月26日

「イキガミ」評論

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